配達中に事故を起こしたら|その場の手順と、誰が払うのか
この記事は、できれば一生使わずに済んでほしい記事です。ただ、毎日何十キロも走る仕事をしている以上、可能性はゼロにできません。
そして事故は「起きてから調べる」では間に合いません。頭が真っ白になっている10分のあいだに、その後の何十万円が決まってしまうからです。
先に、いちばん大事な2つを書きます。①どんなに小さくても警察を呼ぶ。呼ばないと保険が下りません。そして②アプリをONにしているだけでは、補償の対象になりません。Uber Eatsの補償が始まるのは「配達リクエストを受けた瞬間」からです。順番に説明します。
1 最初の10分 — 順番を間違えない
やることは決まっています。迷う時間をなくすために、順番ごと覚えてください。
これが最優先で、法律上の義務でもあります。相手が「大丈夫です」と言っても、その場で判断しないこと。頭を打っている場合、本人も気づかないことがあります。迷ったら119番。
車道の真ん中で止まったままだと、二次事故が起きます。動かせるなら路肩へ。動かせないなら発炎筒・三角表示板を置く。自分が轢かれない位置に立つのも忘れずに。
次の章で詳しく書きますが、ここを飛ばすと保険金が受け取れなくなります。相手に「警察はいいです」と言われても呼びます。
氏名・住所・電話番号・車のナンバー・相手の保険会社と証券番号。この5つです。名刺やスマホの写真で残すのが確実です。
車両の破損、路面、信号、双方の位置関係、周囲の状況。あとから「そんな話は聞いていない」を防ぐのは記録だけです。ドラレコがあれば、その場で該当データを保護しておきます。
配達中なら、荷物をどうするかの指示を受けます。そして補償を申請するには、この連絡の記録が要ります。
その場で示談の話をしないのも大事です。「修理代は出します」とその場で言ってしまうと、あとで金額が想定の何倍にもなったときに、話を戻すのが難しくなります。金額の話は保険会社に任せる。これが自分を守る言い方です。
2 警察を呼ばないと、保険が下りない
「大した傷じゃないから」「急いでいるから」で済ませたくなる場面ですが、ここは法律で決まっています。
道路交通法72条1項は、事故を起こしたとき①運転を止める ②ケガ人を救護する ③道路の危険を防ぐ ④警察官に報告することを義務づけています。報告する内容も事故の日時・場所・死傷者の数とケガの程度・壊れた物とその程度と決められています。
報告しなかった場合の罰則は、3か月以下の拘禁刑または5万円以下の罰金とされています。※「懲役」ではなく「拘禁刑」——2025年に懲役と禁錮が一本化されて、この呼び方に変わりました。
そして実務でいちばん効いてくるのが、ここです。警察に届け出ると、自動車安全運転センターから「交通事故証明書」が発行されます。事故の日時・場所・かかわった人が記載された、「その事故は本当にあった」ことを示す唯一の公的な書類です。
※あとから人身事故に切り替えることもできますが、時間が経つほど「事故とケガの因果関係」の証明が難しくなります。痛みが出たら早めに病院へ行き、診断書を取って警察に届け出てください。
3 誰が払うのか — 補償は3階建て
ここが本題です。配達員の補償は3つの層でできていて、それぞれ守ってくれる範囲が違います。1つでは足りません。
自動で
付く
アプリの補償制度
Uber Eatsは三井住友海上と組んで、配達パートナー全員に自動で付帯する補償を用意しています。申込みも追加費用も不要。相手への賠償(対人・対物)と、自分のケガの見舞金の両方が対象です。ただし範囲が限られます(下記)。出前館も業務委託の配達員向けに見舞金制度を設けていると案内されていますが、第三者への賠償は対象外とされています。
守る範囲:配達中だけ・上限あり自分で
入る
自分の任意保険(いちばん大事)
相手を死なせてしまった、後遺障害が残った——このとき請求される額は、1階の上限では到底足りません。ここを埋められるのは自分の任意保険だけです。出前館は「対人無制限・対物1,000万円以上」を推奨していると案内されています。⚠️注意:自家用の契約のままだと「業務中」は対象外になることがあります。必ず仕事で使うことを申告した契約にしてください。
守る範囲:相手への賠償(無制限にできる)自分で
入る
労災保険の特別加入
業務委託の配達員は、会社員と違って労災が自動では付きません。でも自分で入れます。2021年9月1日から、フードデリバリーなどの自転車配達員とITフリーランスが特別加入の対象に追加されました(自転車・原動機付自転車125cc以下が対象)。軽貨物の人は個人貨物運送業者の枠で以前から加入できます。治療費だけでなく「働けない間の休業補償」が出るのが、任意保険との決定的な違いです。
守る範囲:自分のケガ・休業・後遺障害🚨ここは本当に誤解されています。Uber Eatsの補償が効くのは「配達リクエストを受諾した時点から、配達が完了またはキャンセルされるまで」。つまり——
| 場面 | アプリの補償 |
|---|---|
| アプリをONにして待機中 | 対象外 |
| 鳴るのを待ちながら移動中 | 対象外 |
| リクエストを受けて店へ向かう | 対象 |
| 商品を受け取って配達中 | 対象 |
| 配達完了から15分以内 | 傷害補償は対象と案内されています |
| 配達を終えて帰宅中 | 対象外 |
1日の稼働時間のうち、実は「対象外」の時間がかなりあります。待機している時間、店から店へ移動している時間、帰り道。ここを埋めるのが2階と3階、という関係になっています。
※補償の内容・条件・対象範囲はサービスごとに異なり、時期によっても変わります。上記は執筆時点で各社が案内している内容です。必ずアプリ内のヘルプで最新の条件をご確認ください。黒ナンバーの任意保険をどこで契約するかは等級を引き継げた1社の話にまとめました。
4 ヘルメットで、もらえる額が4倍変わる
Uber Eatsは傷害補償を拡充した際に、ヘルメットを着けていたかどうかで金額に差をつける方式にしました。ここは知らない人が多いところです。
自転車のヘルメットは2023年4月から全年齢で努力義務になりましたが、罰則がないので着けていない人がまだ多い。ただ配達員にとっては「補償の条件」でもある、というのがこの表の意味です。3,000円のヘルメットを1つ買うかどうかで、15,000円の差が出る——しかも本来の目的は、頭を守ることのほうです。
選ぶ軸は3つだけです。①SG規格などの安全基準を満たしていること(守れないヘルメットには意味がない) ②軽いこと(1日中かぶるので、重さは首に来ます) ③夜に見つけてもらえること。以下は執筆時点で販売ページに記載されていた内容で、価格・仕様は変わります。
SG・CE認証 自転車ヘルメット(約250g)
選定の決め手は250gという軽さです。ヘルメットは「安全だから」ではなく「重いから」続かない。1日8時間かぶるなら、100gの差がそのまま首の疲れになります。
SGマーク(国内の安全基準)とCEマーク(ヨーロッパの基準)の両方に対応していて、公的機関でも採用されているモデルです。補償の条件を満たすという意味でも、規格が明示されているものを選んでください。
3階の労災は、思っているより安く入れます。保険料は「給付基礎日額 × 365日 × 保険料率」で決まります。給付基礎日額は3,500円〜25,000円の16段階から選べて、自転車配達員の保険料率は1000分の12(2021年の制度開始時)と定められました。
| いちばん安い場合の計算 | 3,500円 × 365日 × 12/1000 = 年15,330円(月1,300円ほど) |
| 何が出るか | 治療費に加えて「働けない間の休業補償」。ここが任意保険との決定的な差 |
| どこで入るか | 労働保険事務組合や一人親方団体を通して加入する(個人で直接は入れない) |
| 軽貨物(黒ナンバー)の人は | 「個人貨物運送業者」の枠で以前から加入可。料率は自転車と異なる |
※保険料率は改定されます。給付基礎日額をいくらにするかで保険料も給付額も変わるので、加入前に必ず労働局または加入する団体で最新の数字を確認してください。上記は執筆時点で公表されている内容をもとにした目安です。
! ぶっちゃけ言うと — 3年走って思うこと
きれいごと抜きで書きます。
- いちばん怖いのは、自分のケガではありません。相手に一生残る障害を負わせてしまったときです。そのとき請求される額は、アプリの補償の上限では桁が足りません。だから2階(自分の任意保険)だけは、絶対に削ってはいけない。ここを節約しても月に数千円です。
- 「アプリONだから守られている」は、いちばん危険な思い込み。待機中も、店に向かう前も、帰り道も、1階の補償は効きません。そして事故は疲れている帰り道にこそ起きます。
- 労災の特別加入は、休業補償のために入るもの。治療費だけなら健康保険でもある程度は何とかなりますが、「その間まったく稼げない」ほうが個人事業主には効きます。1か月走れなければ、収入はゼロです。月1,300円で「走れない期間の生活」を買う、と考えると安く感じます。
- ヘルメットは、補償のために被るのではありません。4倍の話は分かりやすいので書きましたが、本当の理由は頭です。自転車で時速20kmでも、転んで頭を打てば十分に危ない。15,000円の差より、その先の人生のほうがずっと大きい。
- そして、事故の後に効くのは記録だけです。ドラレコ、写真、警察への届出、サポートへの連絡履歴。その場では面倒でも、全部やっておく。記憶は当てになりません——お互いに、悪気なく食い違います。
- 最後に。急いで稼いだ数百円と、事故のリスクは釣り合いません。間に合わない日は、間に合わないと連絡する。それで下がる評価は、走り続ければ戻ります。体は戻らないことがあります。
1階だけでは足りない。2階と3階を自分で用意する
アプリの補償は自動で付きますが、効くのは配達中だけで、上限もあります。相手への賠償は自分の任意保険、自分の休業は労災の特別加入。この3つが揃って初めて、走っていて怖くない状態になります。まずは自分の保険が「業務中も対象か」を確認するところから。
— 配達中の事故やヒヤリとした経験(どう対応したか・補償はどうなったか)を募集中。フォームから投稿できます(承認制)—
